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■ソシュールと認識 (2003/6/14)

 スイスに生まれたソシュール。その大学教授時代の講義内容を、学生が彼の
死語に編纂して発売した物が「一般言語学講義」と呼ばれる書物であり、インド
ヨーロッパ語族の文化圏の人達ならば一度は触れる物と云って良い。
 その内容を知らずとも、かの天才アインシュタインが完成させた双璧理論である
相対性理論と量子論、その量子論の骨子を押さえておけば読む必要は無い。
つまりは「状態は観測によって決定する」と云う事で大意はつかめる。いささか
蛇足になってしまうが、こうやって言語学の分野でさえも網羅しうるこの量子論
以上の偉大な発見を、私は他に知らない。

 ソシュールは初めに言語がある言う。例えば目の前にコーヒーカップがあり、
別のティーカップを並べてみても、その時「カップ」と云う言葉しか無かった場合は
二つを区別する事が出来ない。カップはカップであり、カップが2個に過ぎない。
 だがここで「コーヒーカップ」と「ティーカップ」と云う形状からくる違いを理由として
名前を与えた時、それは全く別の物として処理されることになる。一つのグループ
に過ぎなかった物が、言語によって新しい生命を得たのである。
 この考えが「初めに言語ありき」とするソシュールの唱えた一般言語学だが、
残念ながらこれは誤りである。初めにあるのは言語による名称の授与ではなく、
「違いを認識する」と云う行動なのだ。
 人に限った話ではない。麻薬の匂いを覚えた麻薬犬は高確率で嗅ぎ分ける。
猫砂の上で排泄する事をしつけた猫は、教えられた通りにそれを繰り返す。
これは本能ではなく後天的な訓練の結果、即ち違いを認識した結果なのである。
犬や猫には言語などない。だが違いの認識によって訓練が実現化するのだ。

 だがソシュールの論は一面では真理である。それは名称の授与が絶対化を
意味すると云う点に尽きる。
 上で言ったカップの種類だが、二つ三つならば名称が無くても言い表せるが、
その個数が増えれば増えるほど、その難易度は比例していくことになる。PCに
組み込むハードディスク内はデータの集合に過ぎないが、高速で振り分けられ、
高速で引き出せる理由は、ディレクトリの最適化と拡張子の細分化によって支え
られているのだ。ピラミッドの下層要素が増えるに従って名称を与えなければ、
上層の石などとても積み上がらないのである。これはヒエラルヒーと形態を同じく
すると考えて差し支えない。

 日本人ならば量子論や一般言語学講義を持ち出さずとも、言霊と云う概念で
全てが分かると思われる。言葉には霊が宿ると云うこの概念は、発生こそ違え
中身は非常に似通っており、全てに共通するキーワードは「何かの認識が開始
位置である」と云うことになる。


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