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■ソシュールと認識 (2003/6/12)

 スイスに生まれたソシュール。その大学教授時代の講義内容を、学生が彼の
死語に編纂して発売した物が「一般言語学講義」と呼ばれる書物であり、インド
ヨーロッパ語族の文化圏の人達ならば一度は触れる物と云って良い。
 その内容を知らずとも、天才アインシュタインが完成させた双璧理論である、
相対性理論と量子論、その量子論の骨子を押さえておけば読む必要は無い。
つまりは「状態は観測によって決定する」と云う事である。言語学の分野でさえも
網羅出来うるこの量子論以上の偉大な発見を、私は他に知らない。

 ソシュールは初めに言語がある言う。例えば目の前にコーヒーカップがあり、
別にティーカップを並べてみても、その時「カップ」と云う言葉しか無かった場合は
二つを区別する事が出来ない。カップはカップなのである。
 だがここで「コーヒーカップ」と「ティーカップ」と云う形状からくる違いを理由として
名前を与えた時、それは全く別の物として処理されることになる。一つのグループ
に過ぎなかった物が、言語によって新しい生命を得たのである。
 これを以て初めに言語ありきとするのがソシュールの唱えた一般言語学だが、
残念ながらこれは誤りである。初めにあるのは言語ではなく、「違いを認識する」と云う行動なのだ。
 人に限った話ではない。麻薬の匂いを覚えた麻薬犬は高確率で嗅ぎ分ける。
猫砂の上で排泄する事をしつけた猫は、教えられた通りにそれを繰り返す。
これは本能ではなく後天的な訓練の結果、即ち違いを認識した結果なのである。
犬や猫には言語などない。






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