第二章
大阪出身の格闘家には、様々な逸話がある。
デビューから12連勝でチャンピオンへの道を駆け上がる赤井秀和が、高校時代、
南海電車の一両目から最後尾、最後尾から一両目と往復しつつ、
「おぃ、ワレ何足組んどんねん」と言いながら足を蹴り回していたと云う話。
グリーンツダから二階級制覇をした井岡のやんちゃ話。
格闘家ではないが、赤井秀和と同じ高校に通っていた笑福亭鶴瓶にもあった。
私達は、「ぅ、、、あのカバンは○○高校や、ちょい距離取ろうや、、。」と、
自然発生的に、危険高校リスト、危険人物リストを頭に入れていた物である。
もちろん、前田日明も当時の高校生の中では有名だった。
淀川の河川敷に呼び出し、しばきまわしていた話は伝説である。
前田兄さんは後に空手の師匠の紹介でアントニオ猪木と出会い、
そのまま新日本プロレスの門を叩くことになった。
不遇だった。
元々空手家として外国に行き、世界制覇を狙うという気持ちだったにも関わらず、
なりゆきでプロレスラーになってしまった訳であり、プロレス好きという訳では無い。
「強くなりたいねん」
ぼんやりと、それでいて真っ直ぐな気持ちは、枠の中では収まらなかった。
ある日猪木に言われる。
「俺を殴ってみろよ」
前田は即答した。
「はい」
「ボゴッ」
控え室での出来事であり、他にもレスラーは沢山居たのだが、
あまりの事に前田の手を押さえる事も出来なかった。
このことで猪木の感情に生傷が入った訳ではあるまいが、上層部の中には
跳ねっ返りにも程度があると考える人も居たのだろう。
実力はプロレスファンの中で認められているのに、
良いカードを組んではもらえない。
くすぶる気持ちは徐々に火薬に変質し、発火点待ちという状態になる。
時代を同じくして、佐山サトルというプロレスラーがいた。
初代タイガーマスクであり、至上もっとも美しいローリングソバットの使い手である。
メキシコ修行に行かされ、ルチャリブレ(メキシコプロレス)を学ばされて、
日本に呼び戻された時には虎のマスクを被らされていた。
これは故人である梶原一騎と、新日本プロレスとの演出である。
梶原と言えば、タイガーマスク、空手バカ一代、あしたのジョー等の原作者である。
だが、佐山にとっては「大迷惑」でしか無く、プロレスへの情熱が冷めていった。
ある日、猪木から異種格闘技戦を命じられる。
相手はマーシャルアーツのチャンプである”マークコステロ”。
佐山は惨敗し、輪を掛けた「つまらない」という気持ち、
これが終に爆発した事で新日本プロレスを離脱する。
発火点は唐突に訪れた。
アントニオ猪木は前田に言った。
「今度こそ”本物の格闘技”を作る。後から合流するから、待っていてくれ。」
この”本物の格闘技”という文字列は魅力的過ぎた。
「プロレス的ショー要素を排した、真剣勝負の格闘」という看板を打ち出し、
前田日明は新日本プロレスの路線との訣別をする。
相手の技を受けない、ロープに走らない、凶器を使わない等の最低限のルール、
そしてこれによる”ショー”プロレスとの払拭。
前田日明は叫ぶ。
「猪木や長州が見たかったら、新日へ行けや!」
意思を同じくする者が同調の声を挙げ、一気に新団体の設立へと火力を上げる。
1984年、『第一次UWF』が設立する。
前田日明、藤原善明、佐山サトル、そして前田の付き人だった高田延彦。
キラ星の如く選手は集まったにも関わらず、メインスポンサーとなるべきTV局が
付かず、地方の人はビデオ売りでしか姿を見る事が出来なかった。
かたや新日本プロレスは、ゴールデンタイムに20%以上の視聴率を出している。
お金が無ければ、レスラーも生活が出来ない。
社長が金を持ち逃げ、前田日明と佐山サトルが大喧嘩。
「前田佐山のケンカマッチ」とも言われる試合では、
前田日明が佐山の金的を蹴って反則負けという内容。
崩壊は最早、誰にも止められなかった。
そして何よりも、約束したはずの猪木が来ない。
こうして第一次UWFは、あっさりと潰れる。
団体は潰れても、一度芽生えた強さへの憧れは消えない。
1986年、恥をしのんで古巣の新日本プロレスに戻ったUWF選手は、
ショープロレスを続けてきた選手を殺戮した。
たとえ2年弱とは言え、反体制を目指したハングリーさは選手を強くし、
ぬくぬくと新日本プロレスの中で安寧に興じていた選手とは、
強さの質に決定的な差をもたらしていたのである。
元から不遇だった上に、出戻りの立場でさらに悪い状態である前田。
「猪木、勝負しろや」
しかし、カリスマは猪木以外には必要ないのである。
上層部は前田潰しを画策し、猪木の”格闘技世界一決定戦”と同日、
前田日明vsドン・ナカヤ・ニールセン戦のカードを仕込んだのである。
しかし、肝心の客の意識は、上層部の思惑とはかけ離れた所にあった。
「猪木の決定戦にはシナリオがあるんだろう?」
客がうっすらと気付き始めた中で、このカードは強烈だった。
とどめを刺したと言っていい。
前田日明が見せた、意識が一度飛びながらも逆転勝利を収める姿。
『真剣勝負』という名に魅せられてしまったファンは、凡戦した猪木ではなく
前田日明をこそカリスマの座へと押し上げたのである。
”格闘王”前田日明は、この日誕生した。
思わぬカリスマ誕生、しかもそれが憎らしい前田日明。
幾度となく上層部批判を繰り返し、反省の色も見られない。
追い出すきっかけを待っていた。
そしてある日「長州力襲撃事件」が起きる。
詳細は今でも不明だが、試合では前田日明が故意に長州の顔面にキック。
最早試合として成立しなくなり、上層部はこれを理由に前田日明を解雇する。
猪木は言った。
「プロレス道にもとる」と。
解雇され居場所を失った前田と、真剣勝負に魅せられたファン。
時代は加速しだした。
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